弘末雅士『東南アジアの港市世界―地域社会の形成と世界秩序 (世界歴史選書)』

 珍しく早めに寝たのが災いしてか、《学会で報告する際に、頭の中が真っ白になり、謝って逃げ帰る》という悪夢で2時頃目覚める。この夢は、何かの前兆か、それとも心理的なものを表しているのか…その後も眠れなかったので、一昨日借りた弘末雅士『東南アジアの港市世界―地域社会の形成と世界秩序 (世界歴史選書)』を読み始めて読了。

東南アジアの港市世界―地域社会の形成と世界秩序 (世界歴史選書)

東南アジアの港市世界―地域社会の形成と世界秩序 (世界歴史選書)

 当初の目的である人間と水との関係については、得るものはなかったが、それでも興味深い論点がいくつかあった。

 まず、「食人」の「風説」が、どうして出てきたのかという論点は面白い。著者によれば、それは内陸部とヨーロッパ人などの外来者を介在する人間が、自らの存在を必要とさせるため、また、外国人が直接内陸部と交渉を行いにくくするためであった。そして、時にその「風説」は、外国人のニーズに合った形で、語られたという。このような形で、意図的に形成された「異界」は、外国人が直接内陸部と交渉できるようになると、「風説」とともに消えていく。
 
 また本書では、従来、史料が限られているため、あまり触れられてこなかった、港市支配者と内陸部との関係を、王統記などに記される「伝説」を読み解いた上で言及している(例えば、王と内陸部の人間が血縁関係にあるとか、王が港市にたどり着く前に一時駐留したなどと王統記には記されている)。このような手法は、日本史などではよく見られるものの、その可能性を再認識させられた。ただ、一般向けの本ということもあり、この「伝説」から読み解いた事象が、どれほど客観的事実と整合するのかという点については触れていなかったので、今度は本書の基となった氏の論文を読んでみたい。
 中でも興味深かったのは、港市支配者が「伝説」の中で、アレクサンダーをその先祖に位置づけている点である。アレクサンダーについては、従来のヨーロッパ中心史観を脱却しより「真実」に近い姿を導き出そうとする研究が近年見られるものの、個人的には、なぜ人々がアレクサンダーをその祖(血統的な点でも、政治的繋がりにおいても)と位置づけたのかという点に関心がある。また、ある港市支配者の王統記には、アレクサンダーの血を受け継いだ者が、アラブ・中国・東南アジアの王となったという「伝説」が記されているが、これには当時の東南アジアの世界観(東南アジア・アラブ・中国という三国世界観)が如実に反映されていると思われ興味深かった。

 本書の中で、イスラム教が治安を守るために信仰されるようになり、その後、信仰しない村を襲撃するようになったと簡単に記述されている箇所があったが、以前少しだけ(時間的にも、量的にも)宗教をかじった人間からすると、なぜ信仰がこのような形で転化していくのかに興味を覚える。このような事象がある一方で、王統記の「伝説」には、王にイスラムへの改宗を促された村人が、拒否するという話が書かれている。これは、単に地理的条件の違いから生じたものなのか(確か、前者は内陸部での話で、後者は港市支配者の「伝説」)、あるいは他の要因によって生じた違いなのかについても気になった(これらは本書の本題からは外れると思う)。

 最後に、自分が東南アジアの地理に疎いからなのだが、本書に東南アジア全てを見渡せる地図が掲載されていれば、より読みやすかったように思う。